海で潜る供 舛任ないことができるようになる〜

tesaki | 2019.04.05 Friday | 10:22 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

前回に引き続き、ライセンス取得のお話を・・・。

 

 2日目は天候や潮の流れなど影響で、1日目の倍以上の車や

ダイバーがいました。

 

 今回友人2人と参加したのですが、私たちと同じように

初心者でライセンス取得目的の方が3人。

3人ともおひとり様参加だそうです。

 

 合計6人いて、インストラクターの方は2人。

海の中では、3人に1人のインストラクターという形です。

 

 6人でまずは着替える前に、いろいろな機材や海の中で行う

ことの確認や、どういう状態が好ましいかなどのスキルUPに

繋がるお話を聞いてから、着替えて海に入っていきます。

 

最初はロープを伝って段々と海の中へ

写真中央辺りに黒いものが3つ見えると思いますが、

あんな感じに海に入っていきました。

 

 海の中にいた時、私はとっても楽しかったです。

しかし、後で聞いたのですが、水の中の私の表情はインストラクターの

方には「不安」や「テンパっている」ように見えたそうです。(笑)

どおりで、よく「OK?」と確認されたわけですね。

 

 陸ではとっても重たいボンベやウエイトと呼ばれる重りが、

水に入ってしまうと、全然重さを感じずのびのびできました。

 

 私たち3人は1日目、2日目と同じインストラクターの方に

お世話になったのですが・・・。

これが本当に大変、お世話になりました。(笑)

 

 なぜなら・・・

まず、初日1回目に潜っていたとき、急に1人浮上してしまいました。

浮上して行くのを止めようとインストラクターの方も一緒に水面方向へ。

あ、もう一人の友人は?と思ったらフィンを片手に持っていました。

海中で外れてしまったそうです。

インストラクターの方は、浮上した友人を連れ戻し、もう一人に

フィンを履かせてくださいました。

 

 陸に上がってから友人に聞くと、なんで浮上しているのか、沈もうと

していろいろしても上がっていくのかわからなかったそうです。

その日の夜、インストラクターの方が、上がっていく理由のいくつかを

教えてくださいました。

 ・減圧(浅いほうへ行く)の際に、肺やスーツから空気を出していない。

  (肺に空気が入っていると浮き輪の役割になって浮上していく。)

 ・無意識に足が動いて加速してしまう。(フィンがついているので思ったよりも進むそうです。)

 ・上がっていく人を見る(見ていると「もらいあがり」してしまうそうです。)

 

 で、2日目になんと私が浮いてしまいました・・・。

浮き出し始めの時に、なんとか肺の空気を減らすために深く吐いたり

足を動かさないようにしたりといろいろしていたのですが、友人たちが

下にいるのを見ながら、どんどん海面へ・・・。

 

 インストラクターの方が、私を沈めに来てくれてまた海中へと

潜っていく間に、私の友人に似たスーツの人が浮上していくのが見えました。

「まさか・・・?」

 

 インストラクターと私が、海底につき友人を見つけ、

「あれ?もう一人は?」となった時、「上、上」と手で合図。

インストラクターの方は、もう一度友人を沈めるために上に上がっていきました。

水面までの2往復・・・。

 

 私たち3人にはまだ水面の中でクリアしなければならないことが

ありました。それをクリアしないとCカード取得できません(笑)

 

 本来この自分の意思ではない浮上ってすごい危険なことです。

急に浮上してしまうと体の中の体液に溶けていた気体が、浮上して

減圧になると体内で膨張し気泡が発生、減圧症を引き起こすことも。

(余談ですが、ダイビングをした後、箱根の峠を越えた人は減圧症を

発症するケースが報告されているそうです。)

 

 私たちはまだ初心者ですし、そんなに深いところまで行っていな

かったので無事でした。

 

 ちなみに他の3人の方は?というと最後に1人浮いただけ、それも

もう水中の実習は終わりに近かった為、そのままみんなで水面に上がった

そうです。

 

 私たちの担当のインストラクターの方には、3往復分多く運動させて

しまいました。(笑) 

 

1日目の1本目より2本目の方が、

2日目の1本目は前日よりも

というように、確実にスキルアップ(?)を重ねていきました。

 

前日できなかったことができるようになった。

2本目は1本目よりできるようになった。

 

自分で実感の湧く、感じられる成長が体感できると、

「よし、次も頑張ろう!」

という気持ち、モチベーションにつながっていきます。

 

 最後までとても楽しい気持ちで入れたのは、あんなに3人で振り回した

のに、ずっと笑顔で対応してくれたインストラクターの方のおかげだと

思います。

 

 失敗した悔しさやふがいなさを責めずに受け止めてくれて、

次に成功するようにアドバイスをくれたり、お手本を見せてくれて、

できた時に、一緒に握手をして喜んでくれる・・・

 

 これって・・・カウンセリングとも通じるところがあります。

自分でできるようになる

を支えていくこと。

気持ちを受け止め受容し、モデリングをしたりどうやったら自分でできそうか

一緒に考えたり、課題をクリアできた時には一緒にその努力を認め一緒に

喜ぶ・・・。

 

 今回のインストラクターのような方や、ご一緒できた様々な方との出会い、

できなかったことができるようになる体験、そのすべてがまた次に何かを

やろうという気持ちに私の場合は繋がっていきます。

 

新しいこと、できないこと、やったことないこと・・・

身体とこころに無理ない程度に、これからもチャレンジしていこうと

思います。

 

 それにしても、水からあがると私はずっと笑っていたような気がします。

酸素吸いすぎてハイになってたんでしょうかね?(笑)

海で潜る 〜できないことができるようになる〜

tesaki | 2019.04.01 Monday | 10:22 | etc... | comments(0) | trackbacks(0) |

 今日は4月1日、新年号発表の日、エイプリルフール、入社式などなど

色々と話題はあるのですが、私はこんな話題で。

 

 以前書きました<プールで潜る 〜できないことができるようになる〜20190220>

の続きで、スキューバのライセンスを取るために1泊2日の海洋実習に行ってきました。

 

 そして今回も前回同様、少し喉が痛く風邪気味。

「あ〜あ、また万全とは言えない体調で潜るんだ。」

と不安を抱えながらの実習スタート。

 

 海洋実習は神奈川県の方で行われたのですが、そこに行くまでに他の

ダイビングツアーの方たちと車でご一緒します。

その車での移動中に、先輩ダイバーの方から様々なことを伺いました。

 

 ご友人同士やご夫婦で参加する方、お一人で参加する方、インストラクターの方

ダイビングの楽しさや、なぜはまったかなど色々楽しくお伺いしました。

 

 中でも多かったのは、日常を忘れることができるという意見です。

水の中に入ると、仕事や家庭、人間関係のことなどすべて忘れて海の中を

楽しむことだけに集中できるということでした。

 

 初心者の方は、自分の呼吸に集中したり、落ち着いて水中の中にいること

だけでも気持ちがすっきりするとお話してくださいました。

 

 このお話を伺ったとき、マインドフルネスみたいだなとふと思いました。

自分の呼吸に集中し、今ここだけに集中する。

ダイビングでは自然に行われるようです。

 

 ほとんど音のない世界で、身体も浮いている(?)状態、今ここだけに集中

できる環境、これははまる人がいるのも納得です。

頭がすっきりしたり、物事の考え方がシンプルになったりポジティブになったり・・・。

 

 あと、ご一緒の車だった方の中にはお一人参加の方も多く、その方たちは

色んな方と一緒に潜ることで、仲良くなって同じものが好きな仲間が増える

ことを楽しんでいらっしゃる方もいました。

 

 仕事でも、家族でも、学生時代の友人とも違う、新たな人間関係を楽しんで

いる方々がそこにはいました。

これは、そのツアーを主催しているダイバーズショップのインストラクターの

方々の、雰囲気づくりやモチベーションの上げ方が上手なことも大きいと思い

ます。私がお会いしたインストラクターの方々は、みなさん温かく受容的で

素敵な方々でした。

できの悪い私を、あきれずに丁寧に指導してくださいました。

まあ、ほんっとみんなが簡単にできることが、なかなかうまくできません

でした(笑)

 

 私は初心者なので、自分の呼吸や水の中に安定していられる状態を保つことに

ほとんど意識を向けています。自分の呼吸、深く吸ってゆっくりとはいていく

こと。

これだけやってると水の中でも不安もなく、落ち着いてくるのですが、安定して

水中にいるためには違う呼吸法に切り替えが必要のようでそれがなかなか・・・(笑)

 

 今回の私は、ライセンス取得のための実習なので、そのためにクリアしないと

いけない課題を水の中でいろいろとやるので、ゆっくり漂う時間は少なかったの

ですが、それでもインストラクターの方が素敵な海の光景を教えてくれることが

多く、1日目は1時間(30分×2本)ほどしか水の中にいなかったのですが、

きれいな魚やきびなごの大群などを見ることができました。

 

 1回目よりは2回目と、回数を重ねるごとに自分ができるようなっていくことが

明確にわかり、成長が感じられることの楽しさを久々に実感しました。

 

 ちょっと長くなってきたので、続きはまた次回に。

 

 

 

 

 

 

  

 

春になると・・・腹式呼吸のススメ

tesaki | 2019.03.24 Sunday | 10:22 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

 三寒四温という言葉にもあるように、昨日はすっごい寒かったですが

段々と春の日差しになり暖かくなってきましたね。

 

 春になると、暖かな日差しに陽気、桜も咲き出し、新しいスタート

というわくわくするような気持ちを持っている方もいれば、

春になると憂鬱な気分になってしまい、寝つきが悪くなってしまう

という方もいらっしゃいます。

 

 人それぞれの体調の反応がでてきます。

日照時間や気温の変化に伴い、体調を合わせていく時期ですし、生活習慣が

変わる人が多い時期でもあります。

生活の変化に合わせ、すぐに体調を整えられるほど人間の身体は単純な

ものでもありません。変化していく環境に少しづつ調整していく時期には

自律神経が乱れる人も。

 

 そこで、簡単に自分でできる自律神経の整え方の1つ「腹式呼吸」を

オススメします。

 

 腹式呼吸はゆっくりと深く呼吸をすることで、肺の奥深くまで空気が

いき、肺が膨らむことによって、緊張して上がった横隔膜がさがります。

腹圧を調整することで、内臓の血液循環を活発にします。

 

 意識的に、ゆっくりと大きく息を吸うことで、自分の身体を認識し

ゆっくりと息を吐くことで、自分の意識で身体を動かしていることを

確認できます。

自分の身体は、自分の意思で動いていることを実感してみましょう。

 

1、2、3     で大きく息を吸い

4、5       は息を止め

6、7、8、9、10 でゆっくりと息を吐く

 

無理ない程度に、3〜5セット程やってみてください。

 

 

 

共感性疲労

tesaki | 2019.03.20 Wednesday | 10:22 | ”こころ”にかかわる | comments(0) | trackbacks(0) |

 "カウンセラーやセラピストもただの人"

 

 共感的(あたかもその人のように)に話を聴き、その人の世界に

触れることを行っていると、しばしば死別やトラウマに関わる話を

聴くことがあります。

 

 そんな時には、充分に応えられず無力感や罪責感を感じることも・・・。

 

 死別やトラウマに関する話を聴くときには、カウンセラーとして

留意する点がいくつかあります。

留意する点を意識していたとしても、思いを理解しようとする姿勢や

応答することは、熟練した経験豊かなカウンセラーでも非常にストレスが

高く、共感性疲労を引き起こしやすいと言われています。

 

 共感性疲労とは?

寄り添い理解しようとし、応答することでこころが疲れてしまうこと。

 

 上記に上げたようにカウンセラーやセラピストが無力感や罪責感を

感じ、心が疲れてしまうこともあれば、実際に体験したわけでもない

のに、あたかも自分が体験したかのようになりストレス反応が起きて

しまうこともあります。

代理トラウマ、代理受傷、外傷性転移などともこの反応によるものが

大きいと言われています。(対人援助における二次的なストレス)

 

 では、共感性疲労にならないためにはどうしたらいいのでしょうか?

・こころをサポートしていこうとするときには、時に無力感や罪責感を

 感じ、強い疲労を引き起こすことがあることを理解しておく。

・身体の疲労に十分に気をつける。(休息や食事、楽しみを充実させるなど)

・一人で抱え込まず、相談できる相手を作る。

・プライベートな時間を作る。

(できることには限界があることを理解し、その状況から距離を置くこと。)

・自分を大切にする。

 

 上記のセルフケアを行うこと。

メンタルヘルスの基本ですね。

自分が疲弊してしまわないように、メンタル不調にならないように、

自身のセルフケアを行うことが、クライエントのサポートにも繋がって

いきます。自身のフィジカルとメンタルと両方をケアしていきましょう。

 

 自分が楽しむことをする。

「こんな状態なのに楽しんでいいのだろうか?」

自分の無力さを知ると、楽しむことに対して罪悪感を感じることもあります。

特に災害時の支援をしているときなどは特に・・・。

「他の人にどう思われる?」

と思ったり

「こんな時に楽しむなんてどういうつもり?」

「不謹慎な!」

というように周りからみられることもあります。

悲しみの渦中にいる人は、<どうやって悲しみと向き合う?20190224

でも書いたように、上記の発言のように「楽しむこと」を受け取ることもります。

 

サポートする人、支援する人、カウンセラーやセラピストもただの人です。

 自分の人生をよりよく生きるには楽しんでこころの健康を保つこと

大切です。

一緒に落ち込んで苦しみ悩むことも大切なことだと思いますが、

疲弊して落ち込んで何もできなくなってしまっては本末転倒というもの。

(・・・頭では理解していても、私も↑こんな状態の時もありますけどね(笑))

 

 ご自身のケアができない時に、人のケアをして壊れていく方を何人も見て

きました。

思い切って休息を取ることも大切です。

こころは回復する力を持っていますが、回復のタイミングや時間は人それぞれ。

それぞれのタイミングに合わせて回復できるよう、苦しい時に安心して

”よりそっていていい”と思える存在がカウンセラーやセラピストだと思います。

安心して話してもらえる存在には、心身が疲労していたら難しいですよね。

相手に心配されちゃいますから。「大丈夫?」ってね。 

 

 ってことで、私も少し休息を・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉の力  

tesaki | 2019.03.16 Saturday | 10:22 | ”こころ”にかかわる | comments(0) | trackbacks(0) |

 昨年、あるグループの方に

「あなたの言葉は影響力があるんだから、もっと責任持った方がいいよ。」

と言われたことを思い出しました。

 

 前回の<桜の季節が近づくと20190312>でも書いたように、この場合の

「言葉」は桜でいう花びらの部分でしかなくそのグループにとって、私が

どういう存在かによって同じ「言葉」を使ったとしても、その言葉の意味は

変わってくる・・・。

 

<言葉の力:一部抜粋>

言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。

一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花

びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に

背負っているのである。

 

 私はそのグループ、その人にとっては、影響力があったようです。

カウンセラーは自己理解が大事と言いつつも、自分の自己理解、周りから

どう見られているかが、正しく理解できていなかったようです。

 

 私は自分では、そこそこ自己開示していてわかりやすい方だと思って

いたのですが、まだまだですね。

自分がどう見られているかと、どう見られたいかが一致していくといいかな、と。

 

 

 

 前回と今回書いた大岡信氏の「言葉の力」を知りたいという方がいたので

ご紹介いたします。

 

 

 

言葉の力        大岡 信

 

 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる

言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、

正しいと決まっている言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに

美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。

それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものでは

なくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまう

ところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映して

しまうからである。

 

 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、

志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。

そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなや

かで、しかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸い込む

ように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」

と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて

色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した

色なのだった。あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの

色が取れるのだという。志村さんは続いてこう教えてくれた。この桜色は

一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の

桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が

取り出せるのだ、と。

 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。

春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけ

でなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、

私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは幹のピンクであり、

樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに

色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出

したものにすぎなかった。

 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない

活動の精髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎ

ないのだった。しかしわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ

出たピンクしか見えない。たまたま志村さんのような人がそれを樹木全身の

色として見せてくれると、はっと驚く。

 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないか

という気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。

一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花

びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に

背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを

考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きて

いこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大き

な意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というも

のも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
                 (中学校『国語2』、光村図書出版)

 
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