春になると・・・腹式呼吸のススメ

tesaki | 2019.03.24 Sunday | 10:22 | - | comments(0) | trackbacks(0) |

 三寒四温という言葉にもあるように、昨日はすっごい寒かったですが

段々と春の日差しになり暖かくなってきましたね。

 

 春になると、暖かな日差しに陽気、桜も咲き出し、新しいスタート

というわくわくするような気持ちを持っている方もいれば、

春になると憂鬱な気分になってしまい、寝つきが悪くなってしまう

という方もいらっしゃいます。

 

 人それぞれの体調の反応がでてきます。

日照時間や気温の変化に伴い、体調を合わせていく時期ですし、生活習慣が

変わる人が多い時期でもあります。

生活の変化に合わせ、すぐに体調を整えられるほど人間の身体は単純な

ものでもありません。変化していく環境に少しづつ調整していく時期には

自律神経が乱れる人も。

 

 そこで、簡単に自分でできる自律神経の整え方の1つ「腹式呼吸」を

オススメします。

 

 腹式呼吸はゆっくりと深く呼吸をすることで、肺の奥深くまで空気が

いき、肺が膨らむことによって、緊張して上がった横隔膜がさがります。

腹圧を調整することで、内臓の血液循環を活発にします。

 

 意識的に、ゆっくりと大きく息を吸うことで、自分の身体を認識し

ゆっくりと息を吐くことで、自分の意識で身体を動かしていることを

確認できます。

自分の身体は、自分の意思で動いていることを実感してみましょう。

 

1、2、3     で大きく息を吸い

4、5       は息を止め

6、7、8、9、10 でゆっくりと息を吐く

 

無理ない程度に、3〜5セット程やってみてください。

 

 

 

共感性疲労

tesaki | 2019.03.20 Wednesday | 10:22 | ”こころ”にかかわる | comments(0) | trackbacks(0) |

 "カウンセラーやセラピストもただの人"

 

 共感的(あたかもその人のように)に話を聴き、その人の世界に

触れることを行っていると、しばしば死別やトラウマに関わる話を

聴くことがあります。

 

 そんな時には、充分に応えられず無力感や罪責感を感じることも・・・。

 

 死別やトラウマに関する話を聴くときには、カウンセラーとして

留意する点がいくつかあります。

留意する点を意識していたとしても、思いを理解しようとする姿勢や

応答することは、熟練した経験豊かなカウンセラーでも非常にストレスが

高く、共感性疲労を引き起こしやすいと言われています。

 

 共感性疲労とは?

寄り添い理解しようとし、応答することでこころが疲れてしまうこと。

 

 上記に上げたようにカウンセラーやセラピストが無力感や罪責感を

感じ、心が疲れてしまうこともあれば、実際に体験したわけでもない

のに、あたかも自分が体験したかのようになりストレス反応が起きて

しまうこともあります。

代理トラウマ、代理受傷、外傷性転移などともこの反応によるものが

大きいと言われています。(対人援助における二次的なストレス)

 

 では、共感性疲労にならないためにはどうしたらいいのでしょうか?

・こころをサポートしていこうとするときには、時に無力感や罪責感を

 感じ、強い疲労を引き起こすことがあることを理解しておく。

・身体の疲労に十分に気をつける。(休息や食事、楽しみを充実させるなど)

・一人で抱え込まず、相談できる相手を作る。

・プライベートな時間を作る。

(できることには限界があることを理解し、その状況から距離を置くこと。)

・自分を大切にする。

 

 上記のセルフケアを行うこと。

メンタルヘルスの基本ですね。

自分が疲弊してしまわないように、メンタル不調にならないように、

自身のセルフケアを行うことが、クライエントのサポートにも繋がって

いきます。自身のフィジカルとメンタルと両方をケアしていきましょう。

 

 自分が楽しむことをする。

「こんな状態なのに楽しんでいいのだろうか?」

自分の無力さを知ると、楽しむことに対して罪悪感を感じることもあります。

特に災害時の支援をしているときなどは特に・・・。

「他の人にどう思われる?」

と思ったり

「こんな時に楽しむなんてどういうつもり?」

「不謹慎な!」

というように周りからみられることもあります。

悲しみの渦中にいる人は、<どうやって悲しみと向き合う?20190224

でも書いたように、上記の発言のように「楽しむこと」を受け取ることもります。

 

サポートする人、支援する人、カウンセラーやセラピストもただの人です。

 自分の人生をよりよく生きるには楽しんでこころの健康を保つこと

大切です。

一緒に落ち込んで苦しみ悩むことも大切なことだと思いますが、

疲弊して落ち込んで何もできなくなってしまっては本末転倒というもの。

(・・・頭では理解していても、私も↑こんな状態の時もありますけどね(笑))

 

 ご自身のケアができない時に、人のケアをして壊れていく方を何人も見て

きました。

思い切って休息を取ることも大切です。

こころは回復する力を持っていますが、回復のタイミングや時間は人それぞれ。

それぞれのタイミングに合わせて回復できるよう、苦しい時に安心して

”よりそっていていい”と思える存在がカウンセラーやセラピストだと思います。

安心して話してもらえる存在には、心身が疲労していたら難しいですよね。

相手に心配されちゃいますから。「大丈夫?」ってね。 

 

 ってことで、私も少し休息を・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉の力  

tesaki | 2019.03.16 Saturday | 10:22 | ”こころ”にかかわる | comments(0) | trackbacks(0) |

 昨年、あるグループの方に

「あなたの言葉は影響力があるんだから、もっと責任持った方がいいよ。」

と言われたことを思い出しました。

 

 前回の<桜の季節が近づくと20190312>でも書いたように、この場合の

「言葉」は桜でいう花びらの部分でしかなくそのグループにとって、私が

どういう存在かによって同じ「言葉」を使ったとしても、その言葉の意味は

変わってくる・・・。

 

<言葉の力:一部抜粋>

言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。

一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花

びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に

背負っているのである。

 

 私はそのグループ、その人にとっては、影響力があったようです。

カウンセラーは自己理解が大事と言いつつも、自分の自己理解、周りから

どう見られているかが、正しく理解できていなかったようです。

 

 私は自分では、そこそこ自己開示していてわかりやすい方だと思って

いたのですが、まだまだですね。

自分がどう見られているかと、どう見られたいかが一致していくといいかな、と。

 

 

 

 前回と今回書いた大岡信氏の「言葉の力」を知りたいという方がいたので

ご紹介いたします。

 

 

 

言葉の力        大岡 信

 

 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる

言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、

正しいと決まっている言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに

美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。

それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものでは

なくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまう

ところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映して

しまうからである。

 

 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、

志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。

そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなや

かで、しかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸い込む

ように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」

と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて

色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した

色なのだった。あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの

色が取れるのだという。志村さんは続いてこう教えてくれた。この桜色は

一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の

桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が

取り出せるのだ、と。

 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。

春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけ

でなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、

私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは幹のピンクであり、

樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに

色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出

したものにすぎなかった。

 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない

活動の精髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎ

ないのだった。しかしわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ

出たピンクしか見えない。たまたま志村さんのような人がそれを樹木全身の

色として見せてくれると、はっと驚く。

 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないか

という気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。

一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花

びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に

背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを

考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きて

いこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大き

な意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というも

のも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
                 (中学校『国語2』、光村図書出版)

桜の季節が近づくと

tesaki | 2019.03.12 Tuesday | 10:22 | ”こころ”にかかわる | comments(0) | trackbacks(0) |

桜の季節が近付いてくるといつも思いだす文章があります。

小学生の頃読んだ

 

木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿

花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液の

ピンクであった。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらは

いわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。

 

詩人:大岡信さんの「言葉の力」のなかの何節かです。

今回改めて調べてみて、中学校の教科書に載っていることを知りました。

皆さんの中にも、「あ、知ってる」という方もいらっしゃるかも知れませんね。

 

 小学校の頃の私は、単に桜の濃い茶色に覆われた幹の中のピンクに

ただただ驚いて、桜は全身で花を咲かせようとしているんだ。だからこそ

私たちはそのけなげさや懸命さにひかれ、桜の花を特別なものとして、

「花見」をするのかな?などとしか思っていませんでした。

 

 今回、きちんとこの作品を読むことになり、今現在の私だからこそ

感じる、受け取るものがあります。

 

言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものでは

なくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまう

 

 <言葉の力>日常でも感じているはずなのに、大切にしているはずなのに

意識していない、ともすればおろそかにしていることもあることに気づき

ました。

私が話す言葉が、私を表現している・・・

小学校の頃に読んでも当時の私には理解できなかった内容です。

 

 軽い気持ちで発した言葉でも、相手にとっては大きな影響を与えることが

あります。

 

 先日、「初めてあった会社の人から発せられた言葉にとても気持ちが動かさ

れた」と相談してきた人がいました。

「心療内科に行ってきてください。」

と言われたそうです。

自分がメンタル的に不調かも?という自覚が一切ない中で、急に呼び出されて

あまり接したことのない人に言われたら、どんなにか不安になるでしょうか。

「自分はそのような病気なのか?」

「自分は周りの人にそんな風に見られていたのか?」

言葉の持つ力を理解して欲しいです。

相手が言われてどんな風に思うか、想像してみてください。

 

 悪意のないナイフで、不用意に人を傷つけることがないように

(最近TVドラマでこんなセリフがありました。)

意識していくことの大切さを今一度考えて欲しいです。

 

 そういう私もきっと、不用意に傷つけていた、いるかも知れません。

折角出会った縁ある人たちを不用意に傷つけることが無いようにしていきたいです。

 

 また最近、複数の人達にお話をする仕事をしているので、もっと自分が使う

言葉について、再考し大切にしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜寿を迎えて、米寿に向かっています。」

tesaki | 2019.03.08 Friday | 22:10 | etc... | comments(0) | trackbacks(0) |

 ※注 タイトルは私のことではありません。

 

 このブログを読んでくださっているみなさんや、私を個人的に

知っている人達は既にご存じだと思いますが、私は結構いろんな

ことにチャレンジする方です。

 

 普段、内面と向き合ったりイメージや想像の世界、精神世界に

いる反動からでしょうかね?

 

 そこそこ色んな身体を動かすことをしているのですが、

本日お会いした方はもっとすごかったので少しご紹介を。

 

 「喜寿を迎えて、米寿に向かっています。」

その方はこう言って笑いながらお話ししてくださいました。

一時間半ほどお話をする機会があり、その内容を聴いていると

私には「屈強」という言葉が浮かんできました。

内容を簡単にまとめると↓

 (新卒から定年までは某企業にて業務)

<過去>

  ・部活はアイスホッケー(大学まで)

  ・ヨットにはまる(給料の何百倍の借金を抱える)

  ・大型バイクに乗る

  ・合唱クラブに入る

  ・学生時代パーティ券の売り上げは常に1位

  ・冬のシーズン中は毎週のようにスキーへ

  ・現在より頻繁にゴルフへ

  ・山岳

<現在>

  ・散歩代わりにゴルフを月2回程度

  ・昨年までMT車を運転(家族の説得によりAT車へ)

  ・元オペラ歌手に歌を習う(先日ソロで200人程の前で歌う)

  ・数社のベンチャー企業の顧問

一時間ほどでこの内容・・・

(これ以外にも驚きエピソードがあったのですがそれはかなり

個人が限定されてしまうのでここでは控えさせていただきます。)

 

 一番驚いたのは、

「今は膝を悪くしてしまったので山はやめたんです。」

とおっしゃったその理由。

 3年前にご友人と二人で山に登った際に、途中でご友人の体調が

悪くなり、そのご友人を背負って下山したとのこと。

(↑この時点でも「ああ」ってなるところです。OVER古希ですし。)

 

しかし、この方のすごいところは、宿にご友人を送り届けてから

ひとりで頂上を目指し、登頂してかえってきたそうです。

(もう鉄人の域です・・・。)

で、膝を痛めたと。

私は思わず

「なんで、頂上目指したんですか?膝だけで済んだのは奇跡です。」

と口にしてしまったのですが

「ははは、登っちゃったんですよね。」

とその方は笑いながら言いました。

 

 ご壮健でいらっしゃる秘訣を御伺いすると

  好きなことをする

  その時を楽しむ

  会話を楽しむ

  食事を楽しむ

  いやだと思わず楽しんでやる

「いまだからできるんですけどね。」

だそうです。

 

 この方はいつも笑顔で、お話も楽しくてご一緒させていただくと

元気がでます。

 いつでもなんでも、こころから楽しめると「壮健」でいられる

という模範のようなかたです。

 

 私もまだまだこれから色んなことを楽しんでいこう!!っと。

今からデータ作成をするのですが、昨日までいやだなと思って避けて

先延ばしにしていました。

それも楽しんですることにします。

(できれば・・・ですが(笑))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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